心的外傷後成長(PTG):一部抜粋
- 2023年6月7日
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PTGとは
PTG(Posttraumatic Growth;心的外傷後成長)は、「トラウマティック」な出来事、すなわち心的外傷をもたらすような非常につらく苦しい出来事をきっかけとした人間としてのこころの成長を指します(Tedeschi & Calhoun, 1996)。約20年前にPTGの研究が始まり、用語の認知度は徐々に高まり、研究も増加してきています。危機をきっかけとした人格的な成長というテーマ自体は新しいものではなく、人類の歴史の中で、困難に遭遇したことで成長を経験した人の報告は数多くなされてきました。1990年代、アメリカを中心にこのようなテーマが「PTG」と名付けられたことで、これまでにはなかったような実証研究が積み重ねられるようになりました。このようなテーマが多く表れてきた背景に、それまでの心理学や医学が、人の「問題になっているところ、足りないところ、負の側面」に特に焦点を当ててきた反省がありました。「マイナスの部分を回復すべき」対象として人に注目するのではなく、「プラスに転じる」可能性を兼ね備えている対象として、プラスもマイナスもひっくるめて、人全体の成長・発展を理解しようとする姿勢から生まれてきたテーマです。
一般的に、「トラウマティック」な出来事というと、PTSD症状に深く関連するもの、人によっては幼少期に経験して長らくこころの傷として残るような無意識に抑圧されたトラウマを思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、PTGで扱うのは、必ずしも私たちが通常イメージする「トラウマ」とは限りません。例えば、自分が心の底から信頼していた人に裏切られること、資格試験や不合格通知を受け取ること、秘密が暴露されること、家族が障がいをもつこと、などは、狭義のトラウマには含まれませんが、PTGのきっかけにはなりえます。これは、PTGのメカニズムにおいて、出来事がその人の価値観や信じてきたことを揺さぶるような経験となったかどうか、という主観的経験が重要であるとされているためです。出来事が「トラウマティック」かどうかではなく、大きな衝撃を与えるようなものとして経験されたかどうか、人生観が変わるような影響力をもつものとして経験されたかどうかが重要だと考えられています「傷つきから人は成長することができる」。私はこの言葉に勇気をもらえます。傷つきを経験することは、時に人生において避けられない場合もありますが、その経験にもがいたり苦しんだりする中で、人生の意味や他者との結びつきを捉え直し、新たな可能性に開かれ、人として成長することができるというPTGの知見は、人生の次の一歩を進むことを後押ししてくれるように思います。もちろん、全ての方が傷つきからPTGを体験することが望ましいというわけでは決してなく、その方なりのプロセスを大切に尊重する姿勢が重要ですが、プラスもマイナスもひっくるめた人生全体の成長に視点を向けようとするPTGのメッセージを、人に関わる時の引き出しの一つとして持っておきたいと思います。
宅香菜子編著(2016).PTGの可能性と課題 金子書房
Tedeschi, R. G., & Calhoun, L. G. (1996). The Posttraumatic Growth Inventory: Measuring the positive legacy of trauma. Journal of Traumatic Stress, 9, 455-471.
★人間は極度の不幸に出会った時に、逆に、パワーを最大値にすることもできます。極度の不幸で傷つくばかりではありません。ただ、これをやるためには、不幸な状態を、ゼロ点にする、ゼロ点補正が必要になりますが。
★わかりやすくドラマの具体例で言うと、「スクールウォーズ」で、川浜高校ラグビー部は、109-0で相模一校に大敗します。しかし、ラグビー部員は、全力を出していませんでした。滝沢先生は、生徒たちの、勝ちたいという、心の奥の底の闘争心を引き出し、1人1人殴りました。この瞬間に、ゼロ点補正が行われています。殴られた後、生徒たちは生まれ変わります。一生懸命練習するようになり、1年後、強くなりました。しかしまだ勝てる力はありません。その時、体力の弱いイソップが、脳腫瘍になり、自暴自棄になり、それでも、周囲のサポートで、残りの命を、前向きに生きていくことを決意します。ボールがラインギリギリでも、内側にあるうちはインラインで、インラインのうちは絶対諦めないというラグビー精神からです。このイソップの心理状況は、別テーマに記載の、死を受け入れ、強くなり、しかも前向きに生きていくという姿勢です。相模一校との1年ぶりの再試合の当日の朝、イソップは亡くなりました。川浜高校ラグビー部は、心理的には、そのことで、更に強くなり、相模一校に勝ちました。そして、その後、川浜高校は、全国大会で優勝していくのです。109-0の大敗や、イソップの死は、心的外傷的事象ですが、逆にラグビー部員は、成長したのです。
*逆に言うと、ゼロ点補正ができないと、PTGはできません。
★別テーマの、「死を受け入れると・・・強くなれる」と基本的には同じことです。究極の不幸でも受け入れ、その不幸の状態を、プラスマイナスゼロにする。不幸でも幸福でもない、ゼロ点にする。そのことで、人間は、それ以上、下がない状態になり、すり鉢の底のゼロ点から、前向きの感情が生じ、さらには、すり鉢を飛び越えるような、最大パワーが発揮できるようになるのです。動物で例えると、「飢えたライオン」です。
表現は違いますが、ニーチェも同じようなことを言っています。
★死ぬのは究極の不幸なことです。しかし、踏みとどまり生き、さらには、死んだ状態をゼロ点にするとどうでしょう。生きていることが、最大の幸福になり、最大パワーが生じるのです。
★イギリスのことわざに、「得ることは失うことでもある」というようなことがあったように記憶しています。逆に「失うことは得ることでもある」のです。結局、不幸というマイナスパワーをマイナス100とすると、マイナス100をゼロ点に持っていければ、プラス100のパワーが得られるのです。
★貧しく、不幸に育った人間が、その逆パワーで、成り上がり、成功していくのも同じような例です。不幸というのは、実は、強い強い成功欲求が生じ、大きな成功のもと・大きなパワー源なのです。
★逆説的に言うと、不幸や怒りは、究極のパワー源なのです。逆に、幸福は、パワーは必要ありません。何もしなくても幸福だからです。金持ちのボンボンの学歴が今ひとつなのも、恵まれた生活からはパワーが生まれないということなのかもしれません。
★死というのは、究極の不幸です。だからこそ、死を乗り越える(踏みとどまる)と、究極のパワーを得られるのです。究極のパワーですから、誰にも負けないほどのパワーなのです。
★今まさに、命を断とうとしている人に言いたいです。踏みとどまれば、究極のパワーが得られ、何も怖くない状態になれます。死を乗り越えた人間に勝てる人はだれもいません。究極の不幸を乗り切ったからこそ、究極のパワーや究極の強さが得られるのです。いままで、攻撃してきた人間は、象とアリのように、力関係が変わります。



