たらいの中の記憶
- 2023年6月19日
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たらいの中の記憶 私は、たらいの中で、洗われています。その洗っている人は、自分の名前を繰り返し言わせます。ゆっくり、〇〇◯子と私に言っています。私はそれをオオム返しします。1歳前後でしょうか。その女性は伯母です。もう亡くなりましたが。たらいの中から見た顔は、今でも鮮明に覚えています。
私の記憶は、言語主体でなく、映像主体です。ビデオや写真のような覚え方です。国家試験の勉強のときも、教科書を2冊買って、1冊はバラバラにし、すべてスライドにして、映像で覚えました。言葉で覚えてなく、教科書のページの画像を呼び出して、そこに何が書いてあるか、映像を拡大して見る感じです。ですから、小学校から、大学院まで、医者になってからも、人の講義は、ほとんど聞いていません。音声による記憶より、映像記憶のほうが得意だからです。参考書や、医学書を、写真のように覚えるやり方です。言語の記憶でないので、過去の記憶で、誰がどこに座っていたか、周りの風景も記憶されます。3歳の時四国から東京に出た時は、黒いタクシー2台にのり、私は、後ろの車の後部座席の右側に座っていました。皆泣いていました。



