新しい夫婦像:Z軸的超私的
- 3月27日
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新しい夫婦像:Z軸的超私的
超私的「相補」現代の性別的役割の同一化に対するアンチテーゼおよび少子化の真の理由
人間の個性は、様々。
同一の個性のものが、結婚しても、
自分が2人いるだけ。
大抵の恋は、非同一性が多い。
あらゆる分野の中での理性と感情と言う意味では。
その2人が、統一した考えを、
目指すことは、意味がないのかも知れない。
理性的、感情的、それは、混在しているのが人間。
理性度10の人から理性度1の人までいる。
感情度10の人から感情度1の人までいる。
また、理性と感情どちらかのみの人はいない。
理性70%、感情30%、もしくは、感情70%、理性30%など。
更には得意分野も違う。
そうすると、理性的・感情的の、相補的な夫婦がほとんど
得意分野も合わせて考えると。
その中で、統一理論を作る必要はないのかも知れない。
逆に、統一理論を作ろうとするから、対立が起きる。
役割分担理論を作るべきではないかと。
開発部夫、営業部妻、それぞれが、開発部長、営業部長。
部が違うから、対立は起きない。
開発部は営業部に、口出ししない。営業部は開発部に口出ししない。
それが、多様性の寛容。それぞれに対する、部を任せる信頼感。
家庭内の多様性の寛容。
それが答えではないか。
差を埋めるためには、担当部分を分ければ良い。
時に、会社全体の話をするのは良い。
子供の進路で対立しても、夫の意見と妻の意見を
子供が聴き、どうするか判断すればいい。
マウンティングは、開発部部長夫、開発部副部長妻の場合に起きる。
どちらも、自分が正しいと信じ、譲らない。
だからこそ、開発部長夫、営業部長妻がいい。
これは、ある意味、現代のアンチテーゼ
はじめから結論があったわけではない。
考えていったらそうなった。
今の時代、子育てを、夫婦が交代。
それは、営業部長妻、副営業部長夫
昭和の夫婦は、役割分担していた。
夫が仕事、妻が家事。
そして、それは、相補的であった。
だから、昭和の夫婦は、離婚しなかったのではないか。
もし、現代で、相補をやる場合、
子育ての、教育を夫、身の回りの世話を妻、
幼稚園の送迎を夫、
寝かしつけは妻、
役割分担のルール設定が、
多様性の寛容的、夫と妻の、お互いの個性に干渉しない
夫婦のあり方ではないか。
子供の受験も、
何学部か、長期的計画は夫、受験書類の準備などは妻
役割分担すれば、衝突はない。
夫と妻が、家庭という社会で、
どちらも社長を目指すと、マウンティングは起きる。
集団指導体制、つまり、トップがない、
部並列的な、家庭の、夫婦のあり方が、
先進国、ひいては、日本の
真の新しい結婚のあり方ではないか。
私はZ世代と同じ傾向だが、明確に違う点は、
私は男らしさや女らしさの肯定。
Zでは、性別特性が曖昧になっている。
その状態では、相補ではなく、
同じ部門の、部長と副部長。
これでは、結婚は成立しない。
性別特性の曖昧は、誤りではないか。
女性には女性の良いところがある。
男性には男性の良いところがある。
最新世代は、底を間違えているのではないか。
女性の社会進出が良いと仮定して、
少なくとも、家庭の中では、
社会進出と逆に、
夫と妻の役割分担のルールを決める。
それが、現代の相補的愛、相補的夫婦関係。
部門が妻と夫で違えば、
そこには順位や偏差値などの競争は生じない。
*元々、男性の特性の良い所、女性の特性の良い所を、消していく現代の流れに
違和感を覚えていた。
*本来、男性はかっこいいし、勇気がある。
女性は美しいし、母性ややさしさがある。
それらの特性を、今の時代は、やや消そうとしている。
それは違うのではないかと思っていました。
*部門トップの夫、別部門トップの妻:お互いに相手を信頼し、
相手のやり方に口を出さない。信頼です。
お互い、部門の並立で、上下はありません。
2023-09-24 00:22:36



